自分を磨く
私は子供の時から小説を読むのが好きで、人間の行動や内面的なこと、社会の断面といったことに興味がありました。
反面雑誌に載っているようなファッションや人気スポットといった流行のようなことは、他の人と比べて明らかに関心が薄かったようです。
しかし彼は逆でした。
不釣合いかもしれませんが、それがお互い新鮮でもあったのだと思います。
人は自分にないものを他人に求めます。
しかしあまりにかけ離れていても、うまく行くものではないと思います。
私は彼をどれだけ理解していたのか、理解しようとしていたのかと自問しました。
またどれだけ自分を彼に理解してもらおうと努力したのだろうとも思いました。
自分を磨くといった意識が薄かったとも思っています。
「輝いていること」それが他人を惹きつける
人であれ物であれ、何が何でも必要である、光輝いていると思えば人はそれを強く欲します。
これはなにも男女の間だけではないですよね。
同性だって、がんばっている、かがやいている人の下に人は集まるのです。
結婚に至る道であれ人に物を買わせることであれ、人の心を衝き動かすということはそう簡単ではないことは分かってはいるのですが、私は安穏な日常に埋没してしまい、自分を磨く作業を怠り、女をさぼっていたのだと思います。
同じ失敗は繰り返せません。
今はファッション雑誌の熟読をはじめ、女として輝く方法やトレンド系の情報収集、体重管理等に余念がありません。
油断しない!隙を見せない!をスローガンに、日々精進する私であります。
また欠点を改めることと同時に自分の長所は何かを考え、それを彼にアピールできればとも思いました。
そしてたまに会う短大時代の友人に、自分の長所を聞いてみました。
「ねえJ子、いろいろあると思うけど、私の長所というかすばらしい所はズバリどこかな?」
「几帳面なとこかな」
「じゃあもしあるとすれば、私の欠点は何かな?」
「几帳面過ぎるとこかな」
「………」
馬鹿馬鹿しくなり、これ以上質問するのは止めました。
ただ几帳面であるということですから、几帳面な人間とはまじめで誠実であり折り目正しく社会的信用の 高い人間であると定義解釈し、それをアピールしようと決めました。
早い話が、あなたみたいな人間には私のような人間が必要なのよ、思わせるように持って行 こうとしたわけです。
また以前彼に肉じゃがを作ってあげた時、彼がおいしい、おいしいと喜んでくれたことを思い出しました。
そうだ、もっと喜んでもらえるように好きな料理をきちんとして、料理の腕を磨こうと思った次第なのです。